ナオトひとりっきり

ナオトひとりっきり
Alone in Fukushima

(2014年/日本/98分)

【2015/6/27(土)~7/3(金)】

■好評につきアンコール上映決定! 【6/27(土)~7/3(金)】
■中村真夕監督インタビュー掲載
 →こちら
原発から12キロの町に生まれた桃源郷!?
ダチョウ、牛、猫、犬、イノブタ、ポニー、そして男がひとり。緑は生い茂り、いきものたちがのびのびと暮らしている。
ここは福島第一原発から12キロにある福島県富岡町。原発事故による全町避難で無人地帯になった。
高度経済成長の裏側で、カネに翻弄される人生を送ってきた松村直登・55才は、目に見えない放射能のリスクの中、町に残されたいきものたちとようやく自分の居場所を見つけた。 季節はめぐり、いのちが生まれ、また消えて行く。地図から消されようとしている町に続くいのちを一年近く見つめ続けたドキュメンタリー。
公式サイト
http://aloneinfukushima.com/
ナオトと仲間たち
松村直登(ナオト)(サル目ヒト科)
モモとサクラ(ダチョウ目ダチョウ科)
牛たち(偶蹄目ウシ科)
ヤマ(ウマ目ウマ科ウマ属)
シロとサビ(ネコ目ネコ科)
イシ(ネコ目イヌ科)
イノブタ(ウシ目イノシシ科イノシシ属)
スタッフ
監督・撮影・編集:中村真夕
上映日程
5/30(土)~6/26(金)の上映はありません
6/27(土)~7/3(金)12:40~14:18
料金
一般:1,700円
シニア:1,100円
専門・大学生:1,200円
中学生・高校生:1,000円
小学生以下:700円
シアターセブン会員:1,000円

■各種割引サービスについては→こちら

中村真夕監督 インタビュー

──作品に寄せられたコメントに、ピーター・バラカンさんが「ただの変わり者かも知れないけど」と記しておられます。映画のナオトさんを見ると、やはりそう思えるところがある。間近で接した監督は、どのように感じていましたか?

たしかに放射能の脅威がある町に残るというのは、相当の変わり者だと思うんですが、ある意味でマイペースというか、周りに流されないというのか、よくいえば反骨精神を持った人。口数も少ない印象で、人見知りなところもあるし、朴訥でシャイだけど、言うべきことはちゃんと言う人なんですね。その意味では信念を持った人だし、私がしっくり来たのは谷川俊太郎さんの「尋常でない出来事に、尋常に対処する男の日々。そこにはほのかな明るさがある。希望もたぶんそういうところにひそんでいる」というコメント。そのように、尋常じゃないところで全うなことをおこなう人、というイメージでしょうか。

──撮影、取材は2013年の夏から翌年春に及んだということですが、いきさつや撮りはじめた頃のことを伺えますか?

テレビの仕事で、他県で震災を題材にしたものを作ることはありましたが、福島はなかったんです。上司に提案してみたら、健康被害のことを考えるとダメだと反対されました。海外メディアが取材しているのを見てナオトさんのことを知ったんですが、震災発生から2年が経過し、いまだに全町非難になった町に残っている人をなぜ日本では伝えていないのかと思い、やりたいと言ったらそういう理由で反対された。これは自分でやるしかないと動きはじめました。その時点で避難所の話はかなり出ていたので、撮るなら警戒区域と呼ばれる、福島原発から20キロ区域のことしかないと思ったし、「1日行ってちょっと撮るのは誰でも出来る。どうせなら覚悟を決めて長期で、あそこの中で何が起こっているのか撮ろう」とも決めました。最初は自分自身が被爆するのが不安でもあったし、悩みました。でも、安全安心に生きていても死ぬときは死ぬし、やりたいことをやって生きようと思って通いだしました。最初はお金もなかったし、刻々と状況は変化しているので、お金を集める時間もなかった。それにお金を払ってスタッフに来てもらう現場ではないし、健康被害を考えても私は責任を取れない。レンタカーを借りて、自分のカメラを持って行くのが手っ取り早いと思い、福島へ入りました。

──前作『孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて~』(2011)公開時の取材の記憶で、中村監督には慎重に物事を進める印象も持っていたので、お話を訊いて意外に思いました。

いえ、私もマイペースなほうなので(笑)。

──そうでしたか(笑)。最初に富岡町に入ったときに感じたことをお話いただけますか?

無人地帯のように言われていたので、最初は「死」のイメージを抱いていました。たしかに、人はいなくて建物も朽ち果てていましたが、緑があふれていて、動物たちは生き生きとしていた。イメージと全然違っていました。人間がいなくなっても、動物たちは生きている。牛も殺されずにいたので、理想郷のようでしたね。放射能汚染された地域で動物が生きることについても考えていくなかで、いのちは穢れなきものなんじゃないか、段々とそう見えてきました。

──理想郷のようでもあり、その対極にあるディストピアのような場所でもある奇妙な感覚も覚えたのですが、監督はいかがでしたか?

私はイギリスとアメリカに合計14年住んでいて、他のいろんな国にも行きましたが、富岡町に関しては、外国でもなく、かといって日本でもない、どこでもない場所のように感じましたね。不思議で異次元のようなところにナオトさんひとりが残り、動物たちが生きている姿は、すごくシュールでした。ディストピアのようでもあったけど、彼は自分の町に居残り続けることで居場所を見つけたんです。元々は建築業の仕事をなさっていて、バツイチで、年老いた両親と暮らしていたところに原発事故が起こった。両親は兄弟が避難させたけど、彼は「堅苦しい避難生活は嫌だ」とひとり残りました。そこで動物たちと出会った。誰もいないところにひとりで住むという、世界を見ても無い状況のなかで動物たちを救いましたが、最終的には彼も救われたし、そうして町に残ることで理想郷を作ったと思うんです。そもそも畜産家でも動物愛護家でもないのに、なぜ動物の面倒を見ることになったのか、その理由を訊いていくのが最初のテーマでした。それも、牛は世話に手間がかかる動物ですよね。彼いわく、「たまたま生き残った動物と出会ってしまった」。そのように淡々としか話さないし、声高に「反原発」と言う人でもないんです。それでも話を訊いていくうちに、町に残ることが、彼の唯一の静かな抵抗──原発事故や自分の町が無かったとされることへの抵抗──のようにも見えてきました。その意味でも不思議な場所だと思えましたね。

──生活そのものがプロテストになっているということでしょうか。

海外メディアでは、動物の救世主のように祭り上げられていたんです。「動物のために町に残った尊い人/畜産家」と取り違えられている部分があった。でも、私がいちばん面白いと思ったのは、彼が畜産家ではないところ。この地域でも、「殺処分したくない、食べる目的以外に殺すのは嫌だ」と、通いながら世話をしている元からの牛飼いの方がいます。畜産家がそのように自分の動物に思いを持って世話をするのは理解出来るんですが、建築業を営んでいたナオトさんがそうするのは何故だか訳がわからない(笑)。その理由を知りたかったので、最初は「どうして世話をしているんですか?」と訊ねていたんですが、先ほどお話したように、そこに残ることが彼なりの抵抗だということが見えてきたんです。本編には牛舎につながれたまま死に絶えた牛たちが出てきます。彼をはじめ、町のほとんどが原発で潤った生活をしてきた。何らかの形で経済的な恩映を受けてきましたが、結局こんなことになり、家も町も追われることになって、ウンザリしてしまった。彼はベジタリアンや熱心な動物愛護者というわけでもない。それでもやはり、「食べる目的じゃなく、人間の都合で動物が殺処分されるのは嫌だ」と思ったんでしょう。同じ町の住人として、動物と一緒に暮らしていくことを決めたんですね。

──タイトルは「ひとりっきり」ですが、動物たちと一緒にいると孤独に見えない瞬間もありますね。幸福に見えるときも映し出されています。

このタイトルにしたのは、「無人地帯にひとりで生きていると思ったら、ひとりじゃなかった。動物がいっぱいいたよ」という意味でもあったんですが、彼は、ハリウッド映画のアクシデンタル・ヒーローのようだなと思うんです。普通のおじさんが突然の事故のせいで、ひとりで残っていたら動物に出会ってしまって、成りゆきで面倒を見はじめた。すると、「動物愛護のヒーロー」として祭り上げられて、世界中からいろんな人が取材に来るようになった。その後、震災ボランティアの女性の方とのあいだに子供が生まれたんです。一応、入籍して結婚しているんですけど、今は別々に暮らしている。定期的に会いに行っていますが、今後どうなるかはちょっとわからない。そんなふうに人生が180度、いや、360度くらい回転しちゃった人なんじゃないのかな、良くも悪くも。

──その変化をナオトさんはどう受け止めているのでしょう? 作品のなかには「運命だ」と語る場面もあります。

彼はいつも答えるのが面倒なので、一言で「運命だ」と言ってしまう(笑)。でも原発事故や、住民が帰れない町になったことに対しては忸怩たる思いや相当な怒りがあると思うんです。反面、私も含め、今まで出会うことのなかった色々な人たちと出会った。そういう意味では一長一短というか……、出会いに関しては彼の世界は広がったんじゃないでしょうか。作品には30年以上前にブラジルに移住して、震災ボランティアとして日本へ戻ってきた獣医さんも登場します。ナオトさんと一緒に牛の面倒を見ることになりますが、そんな出会いもなかったでしょうし、結婚した女性と出会うこともなかったでしょうから、悪い面ばかりじゃないんでしょうね。

──運命によって、どこで生きていくのかという選択を迫られる点も、『孤独なツバメたち』と通じているのかもしれないですね。

『孤独なツバメたち』で追った静岡の日系ブラジル人は昔、貧しい地域で生活していたのが、「行けば豊かになれるよ」と言われて日本へ行ってみたら大変な苦労をした。帰国して向こうで何とか生きていたところを、「また日本に来れば儲かるよ」と言われて来たら、不景気になって「お金を出すから帰ってくれ」と帰された。いいように使われてしまったという経緯があります。福島の貧しい地域も「お金を出すから厄介なものを負担してくれ」と言われて、それで潤い、事故が起これば、結局またお金で解決されようとしている。棄民政策と言うと語弊があるかもしれませんが、その負の部分を背負ってしまったということでも、私のなかでは2作を同じように捉えているところがあります。父の実家は福井の原発から14キロのところにあり、そこも似たような状況なんですね。福井の場合は京都・大阪の電力を供給するためにお金で買われてしまった。東京に対する福島の位置づけに近い。あとで気づいたことですが、貧しい地域の人がお金のために犠牲になる縮図や、苛酷な運命にありながらも、自分の居場所を探し続けて見つける人を撮っているという点では前作と共通していますね。

──ナオトさんも、30年ほど前に出稼ぎ経験を持つ方ですね。

富岡町を含めた双葉郡は、昔は冬場に出稼ぎに行かないと暮らしていけない地域でした。遡ると高度経済成長期の減反政策にも行き当たるんでしょうけど、日本にはそういう構造がある。ナオトさんも、東京や埼玉に建築の仕事で出稼ぎに行っていました。最初の奥さんもフィリピン人で出稼ぎに来ていたというところでは、作品の背景は少し似ているんですよね。

──その構造は現在まで続いているとも思うんです。

アベノミクスを見ていると、結局、潤っているのは一部の人たちで、あとの人は保険や保障を切られている。今も一方の人たちが豊かになるために、もう一方の人たちがどんどん追い込まれる構造は全然変わっていない、むしろ悪化しているようにも思えますね。

──作品には安倍昭恵さんもコメントを寄せておられます。色々な読み方が出来るし、異例と言えるのではないでしょうか?

作品にも映っていますが、ナオトさんの家の壁に寄せ書きをしているんです。あれは2012年2月かな、個人的に訪問されたときのものです。その話を聞いていたので撮りました。ご主人の政策は別として、「個人として心を寄せているのなら、もしかして」と思い、ダメもとでコメントをお願いしました。

──壁には「愛」とありますね。

「松村直登さんの行動は『愛』そのものだ」というコメントを頂きました。社会全体の大きな絵から見ると、不思議だなとも思うし、個人的な心情としてナオトさんに心を寄せておられるなら、ご主人のしていることをどう思っているか、お訊きしてみたいですね。

──そうですね。少し社会的な話になりましたが、映画に描かれているのはそういう主題だけではなく、人や動物が画面をほころばせています。何を撮るかということについては、どのようなプランを立てられましたか?

人によってドキュメンタリーの作り方は違いますが、私は被写体のキャラクターが一番大きいと思っています。ナオトさんはつぶやき系というか、淡々と話す、飄々とした人。私自身も、お説教系のドキュメンタリーというのか、インタビューばかりで人がずっと喋っている作品があまり好きではないし、ほのぼのした雰囲気は彼のキャラクターから生み出されたところが大きいですね。よく見ると、動物としょっちゅう話していますよね。さらにユニークなのは、彼の目線は動物と同じなんです。「助けてあげている、何とかしてあげている」という目線じゃなく、彼自身も動物のようなんですね。だから撮っているときも、「動物プラス一匹」という感覚でした。動物とのやりとりを見ていても、家族や町の仲間として、同等に見ているような目線が面白かった。そのキャラが魅力的だなというところからはじまりました。動物たちのキャラも立っていますよね。

──猫が人懐こいですよね。

シロとサビというかわいい猫ですね。撮っていてもカメラに近づいてくるから、ちょっと困るくらい(笑)。ナオトさんと一緒に散歩するのを見て、ジブリ作品の猫のようだなとも感じました。

──ダチョウも冒頭から登場しますよね。主人公より先にあらわわれるので、 動物映画に見えなくもないオープニングです。

被災地の映像や震災をテーマにした映画を多く見て、「暗くて辛い、先が見えないものはしんどいな」と思っていたんです。ダチョウがいることも行ってみるまでは知りませんでしたが、あのけったいな、不思議な世界を描いてみたいと思いました。

──ダチョウはマスコットキャラクターとして、福島第一原発のある大熊町で飼われていたんですね。

はい。ノアの箱舟の世界いうか、「災害のあと、誰もいなくなった町に残された元・原発マスコットと元・原発で潤った建築業のおじさん」という、SFまではいかないとしても、少しシュールな世界ですね。

──町の様子だけを見れば、おっしゃるようにSF的でもあります。

なおかつ、生きものの生死と季節が巡ってゆく様はしっかり撮ろうと思っていました。動物の生まれるタイミングを撮るのは、なかなか大変でしたね。牛の出産も意図的に種付けされたものではないので、「だいたいこの時期に産まれそうだ」と獣医さんが言うのを頼りにする程度。おおよその見当をつけて行ったら、その1時間ほど前に産まれていたんです。私は海外でもずっと都会で生活していたので、牛の出産に立ち会ったことなんてなかったし、胎盤を食べているのも見たことがなかったので、かなり衝撃的でした。自然の循環を描きたいと思っていたので、猫の出産や桜の開花にもタイミングを合わせようと色々と考えました。富岡町は夜の森(よのもり)という桜の名所でもあるので、それも撮りたいものでした。

──撮影は監督ご自身ですが、どのくらいのペースで通われていましたか?

2013年夏から翌年の春まで、ひと月に1回か2回、だいたい2泊3日で撮りに行っていました。富岡町ではなく、いちばん近くの帰還している広野町のビジネスホテルに泊まりました。富岡町に電気は来ているけど、上下水道が断水しているので、「顔くらいは洗いたいな」と思って(笑)。広野町は、原発作業員や除去作業をしている人たちが多く長期滞在していて、ホテルも飯場のような雰囲気。女性で泊まっているのは私くらいでした。そこから20分ほどかけて車で向かうんですが、手前のコンビニで水や食べ物を買い込んでから行かないといけないので、ちょっとした戦闘地域に行く感覚でした。

──「真夕ひとりっきり」だったわけですね。

そうですね(笑)。

──撮影に出向くことによる被爆のリスクに対しては、どう折り合いを付けられたのでしょう?

行く前には色んな方に相談して、放射能に詳しい男性からは、「将来子供が欲しいから、自分なら絶対にそんなところに行かない」と言われました。女性としてそこへ行くのがどういうことなのか、そこへ行く私は何なのかと色々考えましたが……、「放射能が嫌だ」という人は私も嫌だという思いはあります。極端な話、被爆した時点で「穢れ」と扱う人がいたとして、それは個人の価値観なので、いいも悪いもない。福島の食べ物も人も被爆しているから嫌だという人もいるかもしれない。でも、そういう価値観の人と私は一緒になれないし、友達になるのも厳しいと思うんです(笑)。通って実感したのは、被爆しないに越したことはない、でもそこで生きているいのちは穢れたものなのか? ということですね。それによる差別は間違っていると思うし、その土地の生きもののいのちだって尊い。私自身が穢れになってしまったという見方もあるでしょうけど、自分で覚悟して行きましたからね。

──作品解説に「穢れなきいのちを見つめ」という言葉がありますが、そういう意味合いだったんですね。

はい。生きものはずっといのちを繋いでいますしね。シロとサビが2014年の春に子供を産んで、猫が10匹くらい増えた。今年の春に行くと、それがさらに増えていて、17匹になっていました。ナオトさんは、「富岡を猫の町にするぞ」とか言っていましたけど(笑)。原発事故があろうとも、人間が根絶やしにしようとも、いのちは繋がっていくのだなと実感しました。
(2015年5月)

インタビュアー:吉野大地(ラジオ関西「シネマキネマ」ディレクター)

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