土本典昭監督 水俣作品特集上映

(8作品・7プログラム 日替上映)

【上映作品】
①『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉(1971年/167分)
②『水俣一揆 -一生を問う人びと-』(1973年/108分)
③『不知火海』(1975年/153分)
④『わが街わが青春 -石川さゆり水俣熱唱-』(1978年/43分)&『水俣病 -その三十年』(1987年/43分)
⑤『医学としての水俣病 -三部作-』第一部 資料・証言篇(1974年/88分)
⑥『医学としての水俣病 -三部作-』第二部 病理・病像篇(1974年103分)
⑦『医学としての水俣病 -三部作-』第三部 臨床・疫学篇(1974年/91分)
水俣 -患者さんとその世界-〈完全版〉
(1971年/167分)
「水俣病」を世界に知らしめた記録映画の記念碑的作品。1969年、チッソを相手に裁判を起こした29世帯を中心に、潜在患者の発掘の過程を描き、肉親の記憶にのみ残された事実から水俣病患者の実態が明らかにされる。

1973年モントリオール世界環境映画際グランプリ
1972年ベルン映画祭銀賞
1972年マンハイム・ハイデルベルク国際映画祭フィルムデュキャット賞
水俣一揆 -一生を問う人びと-
(1973年/108分)
水俣第2作。水俣病裁判判決の後、チッソ本社を舞台に生涯の医療と生活の補償を求め、チッソ本社と水俣病患者との直接交渉を同時録音を駆使し生々しく記録した長編ドキュメンタリー。交渉にあたる患者の行動を追う中で語られる、水俣病患者たちの闘いの記録。
不知火海
(1975年/153分)
不知火海の人と生活、漁業は静かに営まれている。あらゆる牧歌的な漁法がここにはある。うたせ漁法、定置網等は海の畠のようだ。水俣病も遠い噂でしかないかのように見える。
しかし現実には水俣には日々悪化し貧窮する申請患者がいる。同じ部落に残酷なまでのアンバランスも生まれている。すでに“救済”された患者が家と生活を一新したからだ。しかし、その“御殿”と呼ばれる家は、先の読めぬ患者の、今の苦しみを忘れるためだけの自由と楽しみが具現化されたものにすぎない。子孫がわが子で絶えるのを見透かした親の苦悩がそこにはある。
わが街わが青春 -石川さゆり水俣熱唱-
(1978年/43分)
水俣病の公式発表から20年、胎児性水俣病の患者たちも20歳を迎えた。「何かデッカイことをやりたい!」一人の青年が石川さゆりショーを考えついた。水俣病の患者施設「明水園」の寝たきりの患者たちに石川さゆりの歌を聴かせたい、というのがその理由だった。この企画は石川さゆりの所属するホリプロダクションの社長の好意のもと、実現した。
<同時上映>
水俣病 -その三十年
(1978年/43分)
水俣病公式確認から30年。加害者=チッソ、被害者=患者は今でも変わらない。裁判のほとんどは患者の勝訴に終わった。しかし国と県は最高裁まで争うことにより解決を何年間も先送りしてきた。その間、時代は移り、チッソの患者さん窓口の中間管理職は当時を知らない人となった。本社は子会社に作らせた製品を売りさばく商社として生きのびている。事件を切り捨てようという動きも相次いでいる。この作品は30年たった今も水俣病が終わってはいないばかりか新たな展開を見せ始めた事件であると、30年の歴史と今日の水俣を伝えることで訴えている。
医学としての水俣病 -三部作-
第一部 資料・証言篇
(1974年/88分)
1956年、50名余の「奇病」患者発見から始まる医学者チームの研究と記録をたどり、人類史上初めての環境汚染、未知の有機水銀中毒病の追究過程が詳細につづられる。
初期の疫学的研究で、魚に原因があるとし、水俣病の発症が病理学的に解明される過程が描かれ、さらに、患者の医療補償を求める闘いの歴史では水俣病が「社会病」でもあることを示し、今日のヘドロ未処理の現状までを描いている。
医学としての水俣病 -三部作-
第二部 病理・病像篇
(1974年103分)
水俣病による死者群像、さらに「植物的生存」といわれたケースの紹介、急性水俣病(典型例)の病理学、猿における有機水銀の選択的侵入経路の特異性の追跡。
さらに長年、新潟水俣病を追跡してきた新潟大学の調査が熊本の研究を補強する。 また原因究明のための病理の作業や、胎児性様の患者が認定作業の中にいまだに取り入れられない臨床作業の限界が示される。そして今後の病像とその展開の予測一一漁民の生活の実態に対する警告を発している。
医学としての水俣病 -三部作-
第三部 臨床・疫学篇
(1974年/91分)
現地での数十年間の臨床体験をもつ精神神経学者の活動と意見を軸に、今日の水俣病の臨床上の問題点と疫学的側面が描かれる。
ここで取りあげられる症例は一例をのぞいて医学的判断がつかないとされる例、水俣病を否定された例で、これらへの再アプローチの形で紹介される。と同時に、臨床内部の自己矛盾を摘出する例も取りあげ、水俣病研究が第二段階にさしかかったことが示唆される記録ともなっている。

土本典昭(つちもと・のりあき)

1928年岐阜県生まれ。記録映画作家。 岩波映画製作所を経て、1963年『ある機関助士』でデビュー。『ドキュメント 路上』、『パルチザン前史』などを発表ののち、1970年代以降「水俣」シリーズ17本を連作。『よみがえれカレーズ』などアフガニスタン関連作も3本を数える。2008年6月24日逝去。

上映は終了しました
上映スケジュール
2021年
12/18(土)
13:15『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉
12/19(日)13:15『水俣一揆 -一生を問う人びと-』
12/20(月)12:05『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉
12/21(火)14:10『水俣一揆 -一生を問う人びと-』
12/22(水)12:05『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉
12/23(木)12:05『水俣一揆 -一生を問う人びと-』
12/24(金)12:05『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉
12/25(土)11:50『不知火海』
12/26(日)11:50『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉
12/27(月)①11:50『わが街わが青春』+『水俣病 -その三十年』
②14:00『水俣一揆 -一生を問う人びと-』〈完全版〉
12/28(火)①11:50『医学としての水俣病』第一部
②14:00『医学としての水俣病』第二部
12/29(水)①14:00『わが街わが青春』+『水俣病 -その三十年』
②15:55『医学としての水俣病』第三部
12/30(木)11:50『不知火海』
12/31(金)・1/1(土)休館日
1/2(日)15:40『水俣一揆 -一生を問う人びと-』
1/3(月)15:40『わが街わが青春』+『水俣病 -その三十年』
1/4(火)15:40『水俣 -患者さんとその世界-』〈完全版〉
1/5(水)15:40『不知火海』
1/6(木)①13:30『医学としての水俣病』第一部
②15:40『医学としての水俣病』第二部
1/7(金)15:40『医学としての水俣病』第三部
1/7(金)で終了予定
WEBチケットについて
料金
一般1,500円
シニア1,200円
学生1,000円
小学生以下700円
会員1,000円
★入場システム、サービスデー・その他割引